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豊かさを再定義する~自然のバランスの中で生きること~ 石垣島唯一のサバニ船大工 吉田友厚

更新日:3月6日

石垣島北部、平久保半島に位置する久宇良(くうら)。静かな集落の中に、サバニの造船所がある。サバニとは、木材を組み合わせて造る「本ハギ」という昔ながらの工法で造られる小型の無動力船で、現代においては木造ではない動力船も活躍している。南西諸島において、古くから漁業や荷物の運搬などに使われてきた。今回は、石垣島唯一のサバニ船大工である吉田サバニ造船の吉田友厚(よしだ ともひろ)さんにお話を伺った。(2024年2月)



石垣島で唯一のサバニ船大工


19年前、石垣島に移住して初めて買ったのが、白保地域に居を構えていた船大工・新城康弘氏の木造船に関する本だった。そのときは敷居が高いと感じて会いに行くこともなかったが、あるとき新城氏が引退すると聞いて、居ても立ってもいられず会いに行った。そして、そのまま弟子入りすることになったという。


だがこのときは、ただ自分が使うものを作りたかっただけで、船大工になろうとは思っていなかったそうだ。仕事として海に潜って漁をしていた時期があり、船があったらいいなと何年も思っていた。


同時に、楽しいことを仕事にしたい、死ぬまでずっとできる仕事がしたい、と常々思っていた。色々挑戦してみた中で、一番長く続いているのがサバニだという。土木などの仕事をしても、1つの作業が終われば仕事が切れてしまう。ライフワークとして取り組める何かが欲しかった。弟子入りして2年、もうこれしかやらないと決めたという。


こうして吉田氏は、今では石垣島で唯一のサバニ船大工となり、サバニ文化の担い手となった。



「昔は地域に1人ぐらいサバニ船大工がいたんじゃないかと思う」と吉田氏。現在活動しているサバニ船大工は、沖縄本島の糸満、大宜味村、うるま市、奥武島、西表島にいるというが、数えるほどの人数だ。


師匠の新城氏は弟子を多く輩出した人で、兄弟弟子が何人かいる。格式高い文化財としてサバニ文化を残そうという活動にももちろん価値があるのだが、新城氏のスタンスは違ったという。「やってみるか?」という感じでスッと受け入れてくれた。吉田氏は、師匠のそういうオープンなところにも縁を感じているのだそうだ。


あとでわかったことだが、師匠はいつも「引退する」と言っていたそうだ。

「その言葉にまんまと引っかかった。引っかかってよかったなと思います」と吉田氏は笑う。


サバニを通して海洋文化を伝えていく


吉田氏が造るのは何枚もの板を継ぎ剥いで作る「本ハギ」という工法を採用した、近代に誕生したサバニだ。


サバニの前身である丸木舟は縄文時代から存在し、沖縄では近年まで残っていた。しかし1737年、一本の木をくり抜いて造る丸木舟の製造を、森林資源保護のため琉球王朝が禁止。漁民がつくる丸木舟は完全になくなってしまった。代わりに継ぎ剥ぎでつくる工法が考案され、重くて沈みやすい島材ではなく、主に軽くて浮きやすいスギ材を製材して曲げて造るハギ舟が発展した。



石垣島のある八重山地方でも、サバニは生活必需品であった。吉田サバニ造船のホームページで公開されている「竹富丸」製作のドキュメンタリーでは、竹富島のオジーやオバーが、「昔は学校を休んで、みんなでサバニで西表島まで米を収穫に行った」など、思い出を語っている。サバニは海人が漁に出る際にも使われていたが、それだけでなく離島の生活における様々な場面で使われていたことがわかる。

こちらのホームページのトップに映像があるので、ぜひご覧いただきたい。


こうして人びとの生活に根付いていたサバニだが、エンジン船の普及に伴い、その需要はみるみる減っていった。一方で、ここ20年ぐらいの間に、座間味の帆掛けサバニレースなどの文化を残すための活動が盛り上がったことで、サバニ需要もやや回復した。


最近は船主からの発注も増えているそうだ。需要が高まれば、船大工として食べていけるから必然的に大工の数も増えるはずだ。

吉田サバニ造船では、サバニに乗る体験をツアー化して事業の軸としているほか、有料のワークショップを開催して技術を教えている。そうすることで、誰でも挑戦できるオープンさを維持する。

舟の模型を造るワークショップで、造船の流れのダイジェストや道具の使い方、刃物の研ぎ方を教え、それから本格的なサバニ製作を教える。今後はさらに裾野を広げるため、企業向けワークショップにもより力を入れていきたいという。




「自分は海洋文化が途切れるタイミングで島に来て、つないだ立場だから、これを次世代につないでいくのが自分の役割。人に教えたら専売じゃなくなってしまうが、囲ってしまうことで廃れてしまった文化も多い」


だから、技術の専有はせず、分母を大きくしていくことを優先するのだ。元来、沖縄本島も八重山諸島も海洋交易のルート上にあって、人びともオープンな精神を持って暮らしてきたという。新城師匠もそうだったように。



自然のバランスとサバニ



エンジン船なら、波や風といった自然環境にある程度対抗することができるが、エンジンがないサバニは自然への依存度が高い。その分、自然の怖さも身近に感じる。


エンジン船でなければ、獲れる魚の量が限られるから、漁獲量は減らずにずっと持続していたのではないかと吉田氏は推測する。

「『すぎる』というのが経済のために人間のやること。獲らせてもらう、という感覚が薄れてしまいます」


守るときも「守りすぎる」からバランスが崩れるという。


「ウミガメを守りすぎるとウミショウブが食べ尽くされて、ウミショウブがなくなるとイカの産卵床がなくなるからイカが釣れなくなるみたいな話。ルールって悪い人にあわせてつくられるから、いいコミュニティに合わせたルールができない」


特定のものだけを徹底的に守ればいいのではない。生命はバランスの上に成り立っている。


「大袈裟な話ではなく、ちょっとしたバランスを変えれば変わるのではないかと思っています。イノシシを獲って殺して食べたりする体験も社員研修などに取り入れていけるといいなと思っています。それで肉が食べられなくなったら食べなくていい、それもバランス」


私たちは、生きるために食べるという選択をしている。人間が自然から食べるものをいただくということも、バランスが保たれる範囲でこそ持続していける。


「豊かさ」の再定義


今後は、よりライフスタイルに近いツアーに特に力を入れていきたいのだそう。


「漁具を自分でつくってサバニで海に行って漁をして、果物を採って、かまどで煮炊きして食事の準備をする、太古のライフスタイルを体験できる泊まりがけのツアーをやりたいですね。豊かさの再定義、その共通認識を育むためにわざと文明から離れる体験を提供してみたい」


脱文明をいかに楽しむか。自分で道具をつくり、自然の中で食糧を調達し、すでにある豊かさに気づく。


「お金というものにとらわれているから、お金なしで豊かさを再定義してみたら世界は変わっていくんじゃないか。もしもお金に価値がなかったら、という遊びです。遊び心でやってみたい」


畜産や農家など他分野の若い世代と一緒に、そういった取組を進めていきたいという。


「石垣島の観光も、リゾート開発ではなく、そういう方向に振ればいい。『みなさんにいただいたお金で僕らは文化をつなげます』とお客さんに言うと、ただの消費ではなく『寄付』という感覚になります。収益を全部海洋文化のために使うツアーというのもやってみたい」



吉田氏は現在、島材で丸木舟を作るプロジェクトも進めている。時には子どもたちを呼んで一緒に作業をするという。

「子どもたちは覚えが早いし、身体の使い方がうまい。怪我した人は今のところ誰もいません」

自然の中で暮らす体験ができる子ども向けツアーももっとやりたいという。30分ぐらいかけて火起こし体験をすると、みんなとても喜んでくれるという。


「高校生大学生になると、その子たちが働きにきてくれるんですよ。そういうふうに関係人口を増やしていきたい。俺も担っているんだぜ、と言える人を増やしたいです。人生の取捨選択の場面で、きっとその経験や、見て来た世界観が影響してくるはず」


サンゴを守ることも同じだと吉田氏は言う。まさにそうだ。海の近くに住んでいなくても、「自分もサンゴ保全を担っている」と言えること。気にかけてくれる人が増えたら、少しずつでもきっと未来は変わる。地球上に生きている限り、人間も全体のバランスの一部なのだ。そうやって関係人口を増やしていくことが、豊かな自然を、均衡のとれた環境と生活を、未来につないでいく大きな輪となっていくはずだ。


吉田サバニ造船

沖縄県石垣市字平久保234-243

090-6869-2395

※サバニツアーは以下ホームページより予約可能


取材後記

バランスを保って、豊かさを次世代につないでいくこと。さらにそういった姿勢がいかに大切かということを次世代に伝えていくこと。今回の取材を通して、サバニは、持続可能な豊かさを教えてくれるものなんだということを知りました。サステナブルアイランド石垣が目指す、20年後も豊かな石垣島。その実現のために、持続可能な方法で島の暮らしが成り立っていた時代から学ぶべきことがたくさんありそうです。過去と未来をつなぐ、文化の担い手となった吉田さんのこれからの取組も、わくわくするようなお話ばかりでした。まずは、サバニに乗って自然のパワーを体感してみたい!


Writer Asumi


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